四谷まち歩き手帖 四ツ谷駅界隈

江戸と西洋文化の交差点 江戸歴史散歩コーナー 〜国史跡江戸城外堀跡〜 → 四谷見附 〜甲州街道の要衝〜 → 聖イグナチオ教会 〜美しい主聖堂〜 →  国宝 迎賓館 〜四谷見附 西洋文化の薫り〜
四谷のまち歩き 四谷地区協議会観光まちづくり

四谷のまち歩き 四谷地区協議会観光まちづくり

東京都観光まちづくりアドバイザー派遣制度による1年6ヶ月の準備を経て・・・平成23年6月四谷に「観光まちづくり実行委員会」が立ち上がりました!

四谷らしい観光=文化と歴史の紹介を通し〜住んでよし♪訪れてよし〜の「まちづくり」を地域で考える会です。
ただ今、ガイドの先輩方にアドバイスいただきながら「まち歩き」研修を実施中!

お問い合わせ 新宿区四谷特別出張所

キラミラネット

江戸歴史散歩コーナー 

江戸歴史散歩コーナー 

市ヶ谷は、JR線の他、地下鉄の南北線、有楽町線、新宿線の駅があります。
そのうちの南北線のコンコースに「江戸歴史散歩コーナー」というミニ博物館があります。

気ままに江戸♪  散歩・味・読書の記録

江戸名所百景 第41景 市ヶ谷八幡 安政5年(1858)10月

江戸名所百景 第41景 市ヶ谷八幡 安政5年(1858)10月

鎌倉の八幡宮が「鶴ヶ岡(つるがおか)」を冠するのに対して、市ヶ谷の八幡宮は、「亀ヶ岡(かめがおか)」を冠して亀ヶ岡八幡宮という。前者は、地名からついた名称だが、後者は、ただの洒落だろう。この亀ヶ岡八幡は、太田道灌が文明11年(1479)に、江戸城の西方の守護神として鎌倉の鶴岡八幡宮の分霊を祀ったのが始まりと伝えられる。もともとは、もう少し東よりの麹町の方向にあったが、江戸城の外堀が掘られた時(1636頃)、現在地の市ヶ谷門外に移転したという。

広重 Hiroshige 「名所江戸百景」 時空map 

江戸城外郭 四谷御門 動画

江戸城外郭 四谷御門 動画

江戸城の外濠にあった四ッ谷御門跡です。
子供の頃は外濠も土手も、てっきり近代に造成されたものだと思い込んでいました。

hakucyanKK

四谷界隈 その1 〜昔の四谷〜

四谷界隈 その1 〜昔の四谷〜

現在の四谷見附橋は大正3年に架橋され半蔵門から新宿を直線で結んでいます、それまでは麹町大通りから石垣と北側の橋を経て西に直進し、四谷3丁目辺りで新宿通りと合流しました。この辺りは大横町とよばれ、山手屈指の繁華街だったといわれます。

千代田区観光協会HP

四谷見附橋 

四谷見附橋 

JR中央線四谷駅のホーム中ほどに立つと、赤い煉瓦の壁に支点をおき、うす緑色に塗られた力強い鋼鉄製のアーチが上の橋を支えているのを見ることができる。この上を新宿通りが通っているのだが、その道路上を、新宿の側から半蔵門方向へ、あるいは逆方向へ、車で通り抜けるとき、橋を渡っていると気が付く人はほとんどいない。歩いて渡り、装飾的な橋の照明灯や、目立たない欄干に目をとめれば、わずかに橋であると気がつく。これが四谷見附橋である。

東京街歩き

四谷見附橋 渡り初め

四谷見附橋 渡り初め

1913年(大正2年)、9月の記念絵葉書です。四谷見附橋の渡り初め光景ですが、この芸者衆はどちらの皆さんでしょうか。推測に過ぎませんが、四谷芸者など聞いたことありませんし、近場であれば荒木町か、又は、一大勢力の赤坂芸者衆、もしくは神楽坂芸者衆かも知れません。

alpshima

「四谷見附橋」

「四谷見附橋」

四谷見附橋は、半蔵門から新宿方面に向う麹町大通りがJR四谷駅と直角に交差して跨ぐ橋です。写真の通り、美しいフランス様式のデザインで大正2年に建築され、迎賓館との調和がはかられています。美しい橋として文化財に指定されましたが、老朽化のため一部が八王子に移築されています。平成3年に再築されたこの橋は日中も賑やかな往来の多い四谷の中心です。

半蔵門総合研究所HP

旧四谷見附橋 S59.12.25.

旧四谷見附橋 S59.12.25.

1913年(大正2年)に竣工した上路式鋼製アーチ橋。
橋長37m、幅員約22mで、都内最古の陸橋として、外堀を跨ぎ新宿通りを通していた。

このネオ・バロック調の美しい装飾は、1909年(明治42年)に完成した赤坂離宮(現在の迎賓館)のデザインに対応させたもの。
交通量の増加に伴い、1987年(昭和62年)に架け替えられた。

風呂屋の煙突

四谷見附橋が 移設復元された「長池見附橋」

四谷見附橋が 移設復元された「長池見附橋」

多摩ニュータウンの風景。 八王子市別所にある「長池公園」。こちらは、四谷見附橋が 移設復元された「長池見附橋」とても絵になる風景の 素敵な公園です

たま多摩さんぽ

御所トンネル

御所トンネル

こんなところに古い(多分、明治半ばの)東京が残っていることを紹介したい。丸の内線四谷駅というのは、地下鉄としては珍しい地上駅である。赤坂見附から新宿へ向かう線路は、四谷駅近くでひょっこりと、外堀あとの空堀に顔を出すのである。この駅の新宿方面行きのホームの南端(赤坂見附よりの端)に立つと目の前に赤煉瓦に縁取られた古めかしいトンネルが見える。

東京街歩き

御 所 ト ン ネ ル・追記

御 所 ト ン ネ ル・追記

四谷駅ホーム(手前)と御所トンネル(中央の機関車の向こうに見える)。二本の線路がトンネルに向かっているのが分かる。さらにその向こうの線路は引き込み線であろう。(新宿歴史博物館編集発行『ステイション新宿』{1993年刊行}から)

東 京 街 歩 き

四谷トンネルの飾付兜

四谷トンネルの飾付兜

今の中央線の前身、甲武鉄道には、牛込〜市ケ谷間に四番町隧道、市ケ谷〜四ツ谷間に三番町隧道、四ツ谷隧道、四ツ谷〜信濃町間に御所隧道の4箇所のトンネルがありました。
これらはいずれも長さが短いものでしたが、それぞれ特徴あるデザインを施していました。特に四ツ谷隧道の兜の装飾は有名で、新宿側に兜の正面、東京側に兜の裏面が飾られていました。その両側には各々丸の中に、会社名を表す「甲」の文字と「武」の文字が刻まれた額が取り付けられていました。

ちょこっとこだ悪 blog

上智大学四谷キャンパスマップ 

上智大学四谷キャンパスマップ 

上智大学の何よりの特色は、8学部、10大学院研究科、12研究所、11センターが四谷キャンパスに集中していることです。そこには「もの作り教育」に貢献する研究教育支援センター(テクノセンター)があり、言語障害教育とか、法科大学院、副専攻制による国際関係・アジア・言語学、地球環境と科学技術、キリシタン史を含むキリスト教文化、西洋中世思想などが学べるようになっています。

上智大学 HP 

江戸城外郭 喰違見附 動画

江戸城外郭 喰違見附 動画

江戸城の外濠にあった喰違見附跡です。
よく残ったものだと感心する場所ですね。

hakucyanKK

名所江戸百景 第85景 紀の国坂赤坂溜池遠景 安政4

名所江戸百景 第85景 紀の国坂赤坂溜池遠景 安政4

江戸百景のタイトルには、時々、ちょっとおかしいなぁと思えるものもあるが、これもそうである。この武家の行列が紀の国坂であることは、後で述べる理由もあっては間違いないのだが、だとすると左に描かれているのは弁慶堀だし、遠景に赤坂方面を望んでいることは分かるのだが溜池は見えない。

広重 Hiroshige 「名所江戸百景」 時空map

紀伊国坂 小泉八雲作「むじな」の舞台

紀伊国坂 小泉八雲作「むじな」の舞台

東京の、赤坂への道に紀国坂という坂道がある――これは紀伊の国の坂という意である。何故それが紀伊の国の坂と呼ばれているのか、それは私の知らない事である。この坂の一方の側には昔からの深い極わめて広い濠ほりがあって、それに添って高い緑の堤が高く立ち、その上が庭地になっている、

青空文庫

都電 四谷見附-赤坂見附間 No.2 3系統

都電 四谷見附-赤坂見附間 No.2 3系統

1967年11月 都電3系統 四谷見附-若葉一丁目間

迎賓館赤坂離宮

迎賓館赤坂離宮

迎賓館は、かつて紀州徳川家の江戸中屋敷があった広大な敷地の一部に、明治42年(1909)に東宮御所(後に赤坂離宮となる。)として建設されたもので、当時日本の一流建築家や美術工芸家が総力を挙げて建設した日本における唯一のネオ・バロック様式の洋風建築物です。
戦後、わが国が国際社会へ復帰し、国際関係が緊密化してゆくなかで外国の賓客を迎えることが多くなったため、「旧赤坂離宮」を改修して迎賓館とすることになりました。

内閣府HP

迎賓館赤坂離宮写真集

迎賓館赤坂離宮写真集

迎賓館赤坂離宮は、ネオバロック様式の壮麗な洋風建築で、緑青の屋根、花崗岩の外壁、各種の装飾類などが調和のとれた美しさをかもし出しています。

内閣府HP 迎賓館

迎賓館赤坂離宮 本館 《 動画 》

迎賓館赤坂離宮 本館 《 動画 》

明治42年に東宮御所として建設された、日本で唯一のネオ・バロック様式の西洋建築物である「迎賓館赤坂離宮本館」は、戦後、我が国の国際社会への復帰に伴い、海外からの賓客をお迎えし、接遇することを目的として改修を行い、昭和49年に国の迎賓施設として生まれ変わり、現在に至ります。今回は「迎賓館赤坂離宮本館」の概要を紹介します。

内閣府HP 迎賓館

学習院初等科

学習院初等科

学校たんけん 初等科の校舎と施設

学習院初等科のめざす児童像
 子供たちが入学後に学ぶ「3+2」という計算を採りあげても、子供たちにはいろいろな「3+2」の世界があります。いろいろな答えの求め方があります。自分で考えることは大切なことですが、自分が気づかない解き方や考え方もあります。そこで、自分たちの意見を発表しあい、友だちの意見を通して、それまで気づかなかった考えを知る。そして、自分の考えを一層広め、深めていく。本校では、そのような学習姿勢を大切にしていきたいと考えています。

学習院初等科 HP

オテル・ドゥ・ミクニ

オテル・ドゥ・ミクニ

店にレッグスを踏み入れただけで三國フィロソフィーが少し分かるようになっているじゃない?
高い吹き抜けになっているバンケットは太陽光がさんさんと降り注ぎ、緑と花々溢れる癒し空間になっていてよ

華麗叫子の胃袋は偉大なるコスモ
2008年12月31日

たいやき わかば - 地域情報動画サイト 街ログ

たいやき わかば - 地域情報動画サイト 街ログ

動画

東京たいやき御三家のひとつ。昭和28年に初代が焼き始めたたいやきは、同じ年に落語­評論家の安藤鶴夫氏が新聞紙上で「しっぽまで餡が入っている」と褒めたその日から、行­列ができる四ツ谷名物となりました。皮はパリッと薄く心地よい口当たりで、餡は甘さ控­えめ、塩気が効いて小豆本来の旨味とコクが感じられる。
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