四谷まち歩き手帖 甲州街道界隈

四谷の歴史風俗を訪ねて  甲州街道 大横丁 〜山手屈指の繁華街〜 →

   

 

 新宿歴史博物館 〜新宿・四谷史をリアルに体験〜 → むちの池 〜大名屋敷から東京名物〜 → 四谷三業組合見番跡 〜津の守花柳界〜

   

四谷のまち歩き 四谷地区協議会観光まちづくり

四谷のまち歩き 四谷地区協議会観光まちづくり

東京都観光まちづくりアドバイザー派遣制度による1年6ヶ月の準備を経て・・・平成23年6月四谷に「観光まちづくり実行委員会」が立ち上がりました!

四谷らしい観光=文化と歴史の紹介を通し〜住んでよし♪訪れてよし〜の「まちづくり」を地域で考える会です。
ただ今、ガイドの先輩方にアドバイスいただきながら「まち歩き」研修を実施中!

お問い合わせ 新宿区四谷特別出張所

四谷界隈 その1 〜昔の四谷〜

四谷界隈 その1 〜昔の四谷〜

現在の四谷見附橋は大正3年に架橋され半蔵門から新宿を直線で結んでいます、それまでは麹町大通りから石垣と北側の橋を経て西に直進し、四谷3丁目辺りで新宿通りと合流しました。この辺りは大横町とよばれ、山手屈指の繁華街だったといわれます。

千代田区観光協会HP

新宿歴史博物館 

新宿歴史博物館 

昭和初期に活躍した東京市電5000型の部分復元モデル車内にも入ることが出来て運転台などを見物できます。

八草きよぴ非公式モリゾー愛ブログ June 19 [Tue], 2007

新宿歴史博物館

新宿歴史博物館

石器時代から中世、江戸、昭和、近代と模型あり、ボタンを押すと音楽が流れたり、映像が見れたりと楽しく見ることが出来ます。そして、何よりも私は自分が住んでいる街なので、「えぇ?ここは昔こんなだったのかー」とか

いぬのおなら 2007年 02月 16日

防衛省 市ケ谷台ツアー

防衛省 市ケ谷台ツアー

見学の詳細につきましては、下記へお問い合わせください。 
防衛省大臣官房広報課記念館係 〒162-8801 東京都新宿区市谷本村町5-1 TEL 03-3268-3111(代)/03-5366-3111(代)(内線21904)
【電話受付時間】 平日 8時30分〜12時00分、13時00分〜17時00分

大講堂  昭和9年に陸軍士官学校の大講堂として作られました。終戦後、昭和21年5月から23年11月までの間、極東国際軍事裁判(東京裁判)の法廷として使われました。

防衛省 HP

東京都 新宿区荒木町の町並み

東京都 新宿区荒木町の町並み

地名地番は新宿区荒木町ですが、四谷荒木町と言ったほうがわかりやすいでしょうか。現在は大人の隠れ家的なお店が並ぶ界隈ですが、この地もかつては最初の画像にありますように、道行く芸者衆の姿が普通に見られる花街でした。
 
『ぬけられます』 あちこち廓(くるわ)探索日誌 HP

荒木町〜策の池

荒木町〜策の池

この池はもと策の井ともいった。「紫の一本」に策の井について次のようにある。
「四谷伊賀町の先にあり。いま尾張の摂津守殿屋敷の内にあり。東照宮御鷹野へ成らせられし時、ここに名水あるよし聞し召し、御尋ねなされ、水を召し上げられ、御鷹の策の汚れたるを洗はせなされ候ゆゑえと云ふ。」家康が鷹狩りに来たとき、ここに名水があることを尋ね、その水で御鷹のむちの汚れたのを洗ったため、この名があるということである。尾張の摂津守とは、尾張徳川家二代光友の次男で、のちに美濃高須藩主となった。

東京さまよい記 HP

荒木町は花柳界だった

荒木町は花柳界だった

江戸時代、荒木町は美濃高須藩の松平摂津の守の上屋敷だった。 明治維新、その荒木町が花柳界となり一世を風靡する。天保十三年 伝馬町二丁目(荒木町)に伊勢屋豊吉が即席料理店を開く。松平邸の庭のむちの池畔。

荒木町石だたみの会

地層捜査 佐々木譲時効撤廃で再捜査となった東京荒木

地層捜査 佐々木譲時効撤廃で再捜査となった東京荒木

1995年に東京・荒木町で起きた老女殺人。確たる手がかりもなく、未解決のままだったこの事件が、2010年の公訴時効撤廃を受けて、再捜査の対象となる。捜査一課の水戸部と、以前この事件を担当していた地域指導員加納は、当時の捜査本部が着目した土地トラブルを追いながら、かつては芸妓、後に置屋の女将として生きた老女とこの街の記憶に目を向けていく。そう、事件の「地層」を掘り起こすのだ――。2010年に『廃墟に乞う』で直木賞を受賞した警察小説の名手が放つ待望の新シリーズ、いよいよ開幕です。

文藝春秋HP